2011.10.20
予想を外すか超えるか、それが肝心だ
ニコ動で「フラグが立った」とか「先の展開が読めた」という自慢コメントをよく見かけます。また、小説などの公募の選考者のコメントで「独創性がない」とか「話が単純」などの批評を読んだことのある人がいると思います。
正直、フラグなどというものは見終わった後に初めて気づくもの。フラグに途中で気づく理由は、鑑賞する側の集中力が低いか、物語がつまらないかの二択しかない。もしくは一息ついてお茶を飲んでいる時とか。
また、漠然としたアドバイスだけもらっても創作の手助けにはなりません。それこそ、ありきたりな批評をするだけの役立たずな編集者のコメントでしかない。
まあ、双方とも深い考察によるものではなく、脊髄反射でしかないことを考えれば当然なのですが。
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2011.10.17
ライトノベルの明日はどっちだ
数日前にいつきログのメディアファクトリーがに買収されて子会社になったぞwwと言う記事を読んで思い出したこと。
いつだったか、ビジネス書で読んだ「飽和した市場における成長戦略の可能性」について論じた論説文の、『成長の芽がないように思えても、占有率下位の企業が撤退することで業績を上向かせることが出来る』とか何とか。
探し方が悪く、残念ながらググってもそれらしい文言を見つけられなかったのですが、上の文章を言い換えれば、『撤退する企業があっても参入する企業がない、一二社による市場の独占が進行する市場はすでに飽和状態にある』といえるのではないでしょうか。つまり今回の買収は、ここ数年いわれてきたライトノベル市場飽和説を裏付ける証拠ではないか、と思ったのです。
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2011.06.08
世界の中心は社会にあるのか、自分にあるのか
昭和の起業家と平成の起業家の違いは何か? と問われると、一つのことに思い当たる。
それは年上の部下の存在である。
昭和の起業家は、特に後々大企業になるような企業の創立時は社長より年長の部下がいた。だが、平成の起業家の場合、社長より年長の部下はいない。ほとんど見たことがない。一般的に、年上の部下は上司にとって扱いづらい存在であり、それが平成の起業家にはいなくて昭和の起業家にはいる理由でもある。年上の部下は目の上のタンコブでしかないから、企業を立ち上げるときに平成の起業家は声をかけないのである。
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2011.03.20
うさんくさい(信用できない)募金活動家の例
ここ一週間、街角に立つ東北地方太平洋沖地震の募金活動をする人を見て気がついた。本当に募金活動をしているのか、信用できない人々がいることに。
独断と偏見に満ちた「うさんくさい東北地方太平洋沖地震募金活動」の見分け方。
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2011.03.17
被災された方々に心よりお見舞い申し上げます
東北地方太平洋沖地震で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。
スラックティビズムについてはWiKiで詳しく解説されているが、手短に説明すると「自己満足でしかない社会奉仕活動」だろうか。たとえば、被災者のために鶴を折る、被災者のためにネットで手をつなぐ等々、個人の負担や努力を必要としない被災者の事情を無視した活動が挙げられる。注目すべきは、その行動の源が善意であること。当事者たちは、自分たちの行動が最善の方法と信じている訳だ。
自分たちの行動が社会にどのような影響をもたらすか。自分たちの行動を他人はどう受け止めるのか。といった客観的な視点をかいだまま。
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